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『オリエンタリズム 上』を読んで

公開日: : 最終更新日:2014/08/10

お久しぶりです。大学が始まって中々更新できていませんね^^;
まあ、まったりと更新していきます。

さて今回の投稿ですが、あの有名なエドワード・サイードの『オリエンタリズム』について書きたいと思います。

『オリエンタリズム』という本について


恐らく多くの人が、特に大学で教養科目をとっていたら一度は聞いたことがあるかと思います。
この本が言わんとしていることも非常に単純で、「オリエンタリズム」は簡単に言えば、西洋(ヨーロッパ諸国)が東洋を得体の知れない「異質」で不気味で遅れた存在として捉え、一方的なレッテルを貼る姿勢のことを指しています。そしてその姿勢が知らず知らずのうちに、政治学、歴史学、経済学のようなヨーロッパの学問に取り込まれ、それがなくては学問が成り立たなくなっていることをサイードは指摘しました。

 しかし、以上のように大まかな内容は理解できても、この本を完全に理解することは非常に難しいです。その理由に、この本の特徴として、ナポレオン、レセップス、ティズレーリ、ルナン、シャトーブリアン、ネルヴァル、フーコー・・・・というように非常に多くの人の思想や言葉を引用している点が挙げられます。

「シャトーブリアンの○○という著作に表れているように」

みたいな感じで、もし文章一つ一つを完璧に理解していくのなら、引用されている人物について勉強する必要があります。ただ、一回一回やっているといつ読み終わるかも分からないし、僕の専門とは直接は関わってこないので、とりあえず理解できるところを理解しようと読みました。それでも読むのに1ヶ月近くかかってしまいましたが^^;

 植民地主義がオリエンタリズムを発展させた

難しいと言いつつも自分なりに理解できた点もあるので、そのうちの一つである、「植民地主義がオリエンタリズムを発展させた」ことを紹介したいと思います。

サイードによれば「オリエンタリズム」自体は15世紀ぐらいから存在していました。しかし当時の西洋にとって東洋は神秘的で未知のものという認識があり、「オリエンタリズム」もその意味合いを持っていました。自分たちとは違う「異質」な他者に過ぎなかったのです。

しかし、産業革命が起こり西洋が強大化していくと「オリエンタリズム」は脅迫的なものになっていきました。スエズ運河が開通し、鉄道が敷設されたことによって、「アジア」と呼ばれる地域に楽に行けるようになったと同時に、西洋は「オリエント(東洋)」を未開であると認識していったのです。

「オリエント(東洋)」では、西洋において「発達」した医療、産業、学問、政治システムが存在していない。それに衝撃を受けた西洋人の冒険家や政治家、作家は、「オリエント(東洋)」は西洋よりも遅れたものとして、現地で見聞きした経験を本にまとめました。そして、それらの本が広く読まれることによって「オリエント=遅れた存在」として認知されるようになる。このように西洋人の東方観、すなわち「オリエンタリズム」に、「オリエント(東洋)は西洋よりも遅れたもの」という意味合いが加わったのです。そしてやがて19世紀になると、「遅れた文明を発展させる」という名目で帝国主義・植民地支配が正当化され、「オリエンタリズム」が成長していきました。

 

「知る」ということ

ここで批判されるのはヨーロッパの「知る」という行為が如何に傲慢であったかということです。十字軍に始まり、ヨーロッパでは近世から度々何者かが東方(主に近東)に赴きました。そして、冒険者であれ作家であれ、彼らは書物という形で見聞したものを残してきました。後世の知識人たちはそれらの書物によって東方(オリエント)を知り、知った上で現地に赴く。この繰り返しによってヨーロッパ人の東方(オリエント)に対する知識は増えていきました。

しかし、いくら知識が増えようとも、その地域の全てを知ることは到底できない。にもかかわらず、19c頃からヨーロッパ人は書物による知識のみで、東方(オリエント)を知り尽くしたと主張し、やはり東方オリエントは遅れていると決めつけました。そしてその結果が、帝国主義を正当化したあの理論です。

人であっても、民族であっても、国であっても、他者である以上それを完璧に「知る」ことはできません。それを「知っている」というのは本質を見誤っており、傲慢としか言いようがありません。書物などで知識を得ながら、同時にまだまだ足りないことを理解する。そんな謙虚な姿勢が「知る」という行為のあり方なのではないかと思います。私たちの生きる日常においても、これはとても大切なことではないでしょうか?

 

最後に

『オリエンタリズム』は確かに難しかったのですが、流石は名著というべきで、分からないながらも何かしらのメッセージを読み取ることができました。特に「知る」ということに関しては、日常生活においても重要なことであるかと思います。いつかこの本を読みこなせるようになってみたいものですね!

 

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